東京都立大学硬式野球部の後藤颯佑(システムデザイン・1年)です。
日頃より多大なるご声援、ご支援を賜り、心より感謝申し上げます。今後とも弊部をよろしくお願いいたします。
今回のブログでは11月6日(金)の活動報告と「野球人生で印象に残っている試合」をテーマにお話しさせていただきます。
【活動報告】
グラウンドには少し水溜まりが残っていましたが、野手陣は日が暮れるまで打撃練習を行い、投手陣もマウンドでピッチングを行うなど、明日の入れ替え戦に向けての練習を行っていました。
今季は6位に沈み、入れ替え戦を戦うことになるのは悔しいことではありますが、必ず2連勝で2部残留をし、私たち下級生は新人戦へ、チーム全体としては来シーズンの2部のリーグ戦へと繋げていきたいです。
【野球人生で印象に残っている試合】
小3から野球を始め現在に至るまで、印象に残っている試合や出来事はたくさんあります。
嬉しかった試合や悔しかった試合は沢山あるのですが、今回は私の投手人生の原点である、少年野球時代の初登板についてお話させていただきます。
私は小学校3年生のころ地元の少年野球チームに入団したのですが、入団した頃(というか入団する前)から投手をやりたい!と思っていました。とは言っても、野球を始めたばかりの子供にいきなり投手というポジションを任せられる訳はなく、しばらくは外野手でした。
しかし、(当時は)キャッチボールの時に回転が綺麗だと指導者の方から褒められていたことや、コントロールが良かったため、次第にバント練習などでバッティングピッチャーを務めさせてもらえるようになり、ついに小4のある日、監督からピッチング練習に参加するように伝えられました。とても嬉しかったのを覚えています。
そして、念願の投手デビューが訪れます。
ある日の練習試合、試合終盤で大差で負けており、味方投手がノーアウト満塁のピンチを作った時点。行ってこいと言われ、大ピンチながらも満面の笑みでマウンドに向かって走った記憶があります。
相手は小6だったので体が大きくて怖かったことや、ストライクがとれたときは嬉しかったこと。球が遅すぎて打者がボールを避ける素振りもなく、相手のスパイクの側面に直撃したこと。イニングが終わった時はホッとしたこと。試合には大差で敗れましたが、終わった後は余韻に浸っていたことを覚えています。
この試合を始まりとし、投手というポジションを通じて現在まで様々な経験をしてきました。
俺が投げなきゃ誰が投げるんだと思って腕を振った少年野球時代。
主将とエースナンバーを背負い、3年間を通じて様々な経験をさせてもらった中学時代。
ボールを投げることが嫌になり、野球の楽しさを見失った高校時代。
そんな経験を経て大学生になった今も投手を続けています。
決して身長がある訳でも、速い球を投げれる訳でもない私が投手というポジションにこだわり続けているのは一種のエゴです。
硬式球を握ってマウンドに立てること、もっと言えばブルペンに立てること、ボールを思いっきり投げれること、これらは当たり前のことではありません。
練習試合の1イニングだろうが、敗戦処理だろうが、一本打ちの登板だろうが、私はマウンドに立てること自体にありがたみを感じますし、このポジションに誇りを持っています。
投手は試合の勝敗を左右するポジションですから、プレッシャーは大きいです。
しかし、投手を始めたあの時のように、純粋にピッチングを楽しむ心を忘れないでいたいと思います。
皆さんもチームの勝利や自分の結果を追い求めるうえで、野球が楽しいと感じなくなる時もあるかもしれません。
しかしそんな時こそ、ただガムシャラにボールを追いかけたあの「原点」となる日々を思い出してみてください!
今回のブログは以上になります。
次回もお楽しみに!


