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2026

都立大野球部活動報告ブログ vol.83

新チーム発足以降、東京都立大学硬式野球部副主将を務めさせていただいております、長谷川太智(都市環境学部都市基盤環境学科・2年)です。




まず初めに、平素より弊部の活動を支えていただいているすべての方々に感謝申し上げます。今後も、弊部への御支援・御協力を引き続きよろしくお願いいたします。







今回は、前日の活動報告と私の「人生で1番の〇〇」 について書かせていただきます。






【活動報告】


7月11日(土)は、都立大グラウンドで国公立戦2試合(vs東京農工大学、vs東京学芸大学)を行いました。


1試合目は、先発投手が2失点完投という活躍もあり危なげなく勝利することができました。


続く2試合目は、投手陣が9回1失点と力投をする中、打撃陣が一得点しか取れずタイブレークへ。結果としては、3-5と惜敗を喫しました。


前回の試合で散々な結果だった投手陣が盛り返し試合を作ることはできましたが、打撃陣に復調の兆しが見えず課題が残る試合となりました。




【人生で1番の〇〇】


今回は人生で1番後悔していてやり直したい1年間について書きたいと思います!




私が1番後悔していてやり直したい1年間は、大学でも野球を続ける要因となった高校野球最後の1年間です。本来であれば、高校最後の試合や、自分のミスで負けた試合などを挙げたかったのですが、高校野球最後の1年間にその1番が立て続けに起こってしまいました。




自分はその年、日野高校でキャプテンを務めていて部員40〜50人をまとめていました。




1つ上の先輩たちが引退してからの夏のオープン戦では20連勝。負けたのはたった1試合だけでした。「ここ数年で1番面白い代」と以前から監督に言われていので、自分たちでも都立の星という名前に恥じないくらい輝けるんじゃないかと思っていました。だからこそ、自分のバントミスで秋の大会に負けたことは今でも忘れられられません。あと一本、あと一球ではなく、自分のプレーで試合を終わらせてしまった。しかも、小さい頃から武器としていたバントで。キャプテンとしても、一人の選手としても、あの打席は今でも何度も思い出します。




秋の大会での悔しさを、春の大会そして最後の夏で晴らすという思いを胸に、私個人としてもチームとしても練習に励んでいました。しかし、ここでまた問題発生。修学旅行から帰ってくると、下級生へのいじめが発覚しました。暴力を振るったというわけではなく、下級生といつも通りじゃれあっていたのを一般の先生に見つかったみたいでした。その結果、チームは約3か月間の活動停止。春の大会への出場も取り消されました。実は春の大会の抽選には参加していて、自分が引いたのは都立高校がシード校として入っている、大当たりの山でした。臭いことを言うようですが、野球ができない毎日は想像以上につらかったです。




それでも、活動停止が明けると、冬練ができなかったことに加え残された時間は少なかったですが、オープン戦では横浜隼人に勝ったことを始め、県外のベスト16には入るチームと互角に戦えるまでになり夏の大会に向けてできる限りの準備をしていました。やっぱりこのチームは素質があり、どんな逆境も乗り越えられるのではないか。監督、顧問、マネージャーを最低でも神宮には連れて行けるんじゃないかと思っていました。ところが、夏の大会初戦の前日。また信じられない出来事が起きました。前年から1番センターとしてレギュラーで出場していたチームの中心選手が、学校のプール裏で友達とタバコを吸っているところを先生に見つかってしまいました。当然、その選手は夏の大会に出場できなくなりました。もちろんチームへの影響は計り知れませんでした。キャプテンとして怒りもあったし、悲しさもありました。「なんでこんな時期にそんなことすんねん」と何度そう思ったか分かりません。その一方で、その選手が最近良くないことをしていると言う噂は聞いていたためどこかで注意していれば止められたのではないかと言うことを何度も思いました。そんな中迎えた最後の大会。初戦は都立高校だったため危なげなく勝利することができました。個人としても3打数2安打といい結果を出せました。2回戦の相手は監督の母校でもある桜美林高校でした。7回までは4-1で勝っておりあと2回抑えれば勝てるという状況でした。が、突然ピッチャーが打たれだし残りの2回で8失点。最終的には4-9で敗戦しました。個人としては最後の打席でヒットを打てたし、まあまあいい守備もしたしと高校野球に悔いはありませんでした。しかし、チームとしては勝ち切れた試合を落としてしまいました。センターのやつがいれば、監督の継投が少し違ったら、ピッチャーがもう少し粘っていたら、などなどとたらればが続出します。




秋は自分のバントミス。

春はいじめ?による活動停止。

夏はタバコによる主力選手の離脱。




今振り返ると、本当に何もかもがうまくいかなかった1年間でした。




「キャプテンとしてチームをまとめる力が足りなかったのかもしれない。私以外がキャプテンだったら上手くいったかもしれない。」これは引退したその日から今に至るまで胸にずーーーと刺さっているもやもやです。だからこそ、この1年は今でも人生で1番後悔していますし、もし神様がいてやり直せるならこの1年間をやり直したいです。




でも、この1年があったからこそ、「学生野球の最後の1年がこんな暗い思い出であっていいわけがない」という思いのもと今でも野球を続けられています。




なんか重苦しい感じの話になってしまいましたが最後に私は野球が大好きですし、日野高校も大好きです。都立大野球部を引退した際に日野高校よりも大好きと言えるくらい残りの2年間で思い出を残したいです。






今回のブログは以上になります。




次回以降のブログもぜひご覧になってください!


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