東京都立大学硬式野球部 香田椋平 (システムデザイン学部インダストリアルアート学科1年)です。
まずはじめに、日頃から東京都立大学硬式野球部を支えてくださっている関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。これからも引き続き応援のほどよろしくお願いいたします。
【活動報告】
昨日6月10日(水)はグラウンドを広く使いフリーバッティング、守備練習を行いました。来週の新人戦に向けて一人一人が課題に向き合って練習に取り組んでいました。
こんにちは。今年度より東京都立大学硬式野球部の一員となりました香田椋平です。
神奈川県立相模原高等学校で野球をやっていました。高校入学時は内野手でしたが、僕がキャッチボールする様子を見て先輩が投手転向を勧めてくれて、また、僕自身投手に挑戦してみたいという思いもあり、投手を始めました。地肩が強かったためか、監督である佐相眞澄先生の目に留まり、早期に練習試合で登板機会をいただきました。しかし、制球力が低く、登板機会は徐々に減って行き、2年生の夏頃には同期の中でも5番手くらいまでになっていました。そこでアンダースロー、サイドスローなどにも挑戦しましたが、どれも思うような結果を残すことはできませんでした。その時、佐相先生から野手転向を指示され、2年生の秋ごろから外野手として練習を始めましたが、そこでも結果を残すことができないまま3年生の6月を迎えました。そんな3年生の選手権大会の直前期に、コーチから投手復帰を打診され、8ヶ月ぶりに投手に復帰し、僕は投手として高校野球を終えました。結果、チームとしては3回戦敗退となってしまいましたが、僕の中では高校野球はやりきったと言えます。だから、大学では硬式野球をするつもりはありませんでした。しかし、受験勉強をしている間にだんだんと野球がしたくなり、都立大野球部の練習風景を見て、ここでもう一度野球をしたいと思い、硬式野球部への入部を決めました。
そんな僕の大学野球4年間の目標は、怪我なく学生野球をやり切ることです。高校時代は肩、肘、腰などの怪我に悩まされた時期があり、プレーすることが苦しい時期が多くありました。また、高校時代は試合に出場する機会が少なく、ベンチにいる時間が多くを占めました。しかし、大学で硬式野球をやるからには貪欲に、積極的に行動し、変えが効かないような選手になります。
今回のブログは以上になります。ありがとうございました。

