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2024

2024 ブログリレー3

ブログリレー3人目は窪島一真さんです!


 こんにちは。まず、このページを開いてくださり、ありがとうございます。

私は、東京都立大学硬式野球部にてマネージャーを務めてきた窪島というものです。最初に書いておきますが、かなり字数の多い文章です。あと、このブログの内容への共感度合いは大きな個人差があります。退散するなら今のうちです。

それでも大丈夫だという人は、この先に進んでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めまして、東京都立大学硬式野球部マネージャーの窪島(人間社会・4年)です。お化け屋敷の入り口みたいな書き出しになってしまい、失礼いたしました。

でも本当のことなんです。

心臓の弱い方でも読めるとは思いますが、気が短い・頭を使いたくないという人には絶対に不向きな内容だと思います。その点についてはご承知おきください。

では、参りましょう。


 

 

皆様への謝辞


 それでは、4年生ブログリレーとして、最初にここまでの3年間の感謝を伝えさせていただきます。この野球部に関係する数多くの皆様、本当にありがとうございます。

 マネージャー生活において、本当に多くの方々に助けていただきましたが、特に、私個人としては、この大学の体育施設の管理人を務めてくださっている方々、そして、リーグ戦やオープン戦でお世話になっております、埼玉県審判委員会の皆様にお礼を申し上げます。この3年間、皆様のお力添えが、「お金をもらっているから」という簡単な契約上のもので済ませられるものではなく、一人ひとりの善意の結晶であることを痛感してきました。

今後とも、東京都立大学硬式野球部は皆様のお力をお借りしていくのだろうと思いますが、どうか、何卒よろしくお願いいたします。

 

 そして、お世話になった先輩方、そして同期たちへ。 今さらですが、ごめんなさい。

下級生の頃から、色々と自由にやらせてもらったという認識があります。その中で、言動が明らかに不適切だったよなということは何度もありました。許してほしいとは言えません。すみませんでした。

 



このブログのテーマについて


 ついに、私もこのブログを書く日が来てしまいました。大学入学前の春休み中に、東京大学硬式野球部の「僕の野球人生」を読んで、もう一度野球に携わることを決意した私にとってみれば、ここに何を書くことができるのかということが、自身の大学野球生活の大きなテーマでもありました。

年を経るごとに、書こうとする内容は変化していきました。この野球部の歴史上、類を見ない男子マネージャーというポジション(もしかしたら、私が知らないだけかもしれませんが..) についたので、入部した当初は、「未知の挑戦だったけれど楽しい思い出ができた!」なんてことを書くんだろうなと、

 

何も心配することなく、そう思っていたんです。ですが...

 

私はこの世界に入ったことで、正確に言えばこの野球部を客観的に見る立場についてしまったことで、知らなければよかったこと、気づきたくなかったことに向き合うことになってしまいました。

 

 好き好んで書くわけではありませんが、私の最後のブログのテーマは、その知ってしまったことについての記述です。

こんなことを書いても喜ぶ人はいないのでしょうし、また誰かに怒られてしまうのかなとも思います。

ただ、いつか東京都立大学硬式野球部はそのことに直面する日が来るでしょう。私の言葉は、論理を優先させすぎた私の過ちのせいで、なかなか共感を得られませんでした。でも、せめて未来の誰かに届き、何かの手がかりになればいいと信じます。そのための、最後のブログにしようと思います。

 

 ではここから、かなり長いお話を残しておきますが、これを読み始める人には2つだけ念頭に置いてほしいことがあります。

一つは、ここに書く言葉は、面白おかしく書いて注目を集めてやろうというふざけた意図ではなく、それぞれが私の頭の中を正確に表現するために選んだものであるということ。

もう一つは、内容についてですが、この文章は誰かを批判して攻撃するために記述したものではないということです。予防線を張った当たり障りのないものを書く意志はないため、一部過激ともとれる表現があるかもしれません。でも私は、大学野球にかかわる人たちは全員様々な苦悩を抱えていて、その意味では皆が同じ仲間であると思っています。



 

私がこの大学野球生活で知ったこと。それは、

 


「私たち、東京都立大学硬式野球部の部員が、ただ楽しく野球をやっていればよかった時間はもう遥か昔に終わっていて、本気で生存戦略を意識しなければ、そう遠くない未来に淘汰される運命にある」

ということでした。



(ここでの「淘汰」は「=部活の消滅」を意味するだけではなく、「このままでは、今私たちがイメージする1部昇格などの目標にどうやってもたどり着けないような立場に追いつめられる」ということも含んでいます。)

 

 



この見解に至った理由


「連盟編」


 私がそのことを意識するようになったのは、1年生の秋リーグで担当したデータ集計担当の仕事と、2年生の春リーグの際に経験した2部リーグ責任者の仕事がきっかけです。当時、この野球部がリーグ内で上位成績を収めたことで「当番校」という立場になり、私が野球経験のあるマネージャーだったことも重なって、東京学芸大と高千穂大のマネージャーさんからそのようなお話をいただきました。



最初は責任ある仕事を任せてもらえたことの嬉しさで満ちていました。ですが、高校野球の経験とコロナ禍の春リーグで少し勘違いをしていた私は、秋リーグとその翌年の春リーグでのギャップ(すべて大学グラウンドでの試合、当時の審判2人制など)に大いに戸惑うことになりました。

2部とはいえ、運営の仕事は土日祝日の朝から晩まで拘束されます。1年生の秋リーグ中、「これだけ忙しいのに、何一つ手応えがない」「他の連盟や大学野球のチームはどうなっているんだろう」と考えて調べ始めてしまったことが、自分にとって、さらなる苦しみのはじまりでした。

 そこで知ったのは、ホームページやSNSに飛び交う情報量の圧倒的な格差、野球をする環境の根本的な違い、私たちが所属する東京新大学野球連盟の世間から受けている目線が実に冷ややかなものであること。そして、その冷ややかな目線の先に、私たち野球部は存在していない。1部にいない我々など、そもそも眼中にないということです。

 上記のような事実だけなら、私たちの野球は「ただ知られていないだけ、環境に差があるだけ」で済ませられたかと思います。しかし、学生委員として目を通した資料の内容や現場でしかわからない実情、そして、翌春に実現した2審制を考慮した限り、私たちの野球は「持続不可能」なものだと認めざるをえませんでした。

 これが、先述した見解に至った第一の理由です。学生審判の導入など改善された点もありましたが、このままではピラミッドの下の方から崩れていき、予測と大差ない結末を迎えると感じています。

 




「硬式野球部編」


所属連盟に対して危機感をもった私は、次にこの東京都立大学硬式野球部の状況に関心をもちました。私が選手でなかったということもあるのでしょうが、やはりこのチームは、「グラウンドでの野球しか考えられておらず、広報面への意識が他大学のそれと比較して薄い」といった問題を抱えているという結論にいたりました。

「グラウンドでの野球しか考えられていない」というのは、「どんな練習・試合をするのか」という点しか議論していないという意味です。勝利を目指す以上、普段の活動内容についての議論が優先されるべきなのは言うまでもありません。しかし、それゆえこのチームは、「自らが外からどう見られているか」という客観的な意識が育っていませんでした。

私たちの見えていないところで、色々なチームが苦境に立たされ、残念ながら消滅しているところもあります。そして、それは私たちにとって、他人事ではないのです。

我々の外側ではコロナ禍でも、いや、そうであったからこそ、他大学が地道な広報活動でチームカラーの形成とアピールに奮闘していました(そして今も。。) 

その中で私たちは、ただ野球をやっているだけのチームにしかなれておらず、野球をする環境以上に、着実にその差は開いていたのです。

(しかし、これはただ部員が悪いという話ではなく、コロナ禍で仕事の引継ぎの流れが一度壊れてしまったことも要因としてあるのでしょうし、諸々の理由からあのグラウンドでの活動の最適化を優先せざるをえず、様々な課題を残してしまった過去の部員含めた全員の責任なのだろうと思います。)

 


 そしてもう一つ、主務の仕事をする中で、過去の資料や様々な先輩たちの話を比較すると、この大学内における課外活動の立場は年々弱くなっているという問題にも辿り着きました。

(今の部員は気づいていない人が多いと思いますが、コロナ禍より前と後で、学生生活や課外活動に関する様々な規定が知らない間に変更され、許可されていたことに制限がかかったコロナ後の常識が出来上がってしまっています。)

そんなこのチームの現状は、「過去の遺産を切り崩しながら生き長らえている」という表現が適してしまっていると思います。だから、現状維持の意識では、いつか息の根が止まります。

以上のような、このチームが抱えてきた問題点を目の当たりにしたことが、見解の第二の理由になります。私自身も、この最悪の予想が外れることを願っていますが、その期待はかなり楽観的で、希望的な観測になってしまうのでしょう。

 




3つの競争軸


 ちなみに今さらですが、我々がなぜ広報面を意識しなければならないのかというと、東京都立大学硬式野球部は大まかに3つの競争軸の中で戦っているチームであるからだと私は答えます。


1つは、所属する連盟内(リーグ戦)での競争。

2つ目は、私たちに境遇の近い大学の野球部間での競争。

3つめは、大学内の課外活動間の競争です。

私はマネージャー生活において、この3つを意識させられました。1つ目についての詳しい説明は、もうここでは省きますが、残りの2つについて少しだけ記述しておきます。

 チームを運営するためには、「この硬式野球部で野球がしたい、大学でも野球を続けたい」と希望する人員が不可欠です。そしてその人員は、多くが大学受験の時点で決定します。となるとまず、大学野球をする環境として「東京都立大学の硬式野球部」が選ばれる存在でなければならないのですが、私たちには、競合となるような大学の存在がいくつもあります。そのため、そうした他の大学たちと比較して、各々の違いや強みである部分をアピールする活動がどうしても必要になってしまいます。これが、「境遇の近い大学野球部の間での競争」です。

 

 そして、この野球部の過去のブログリレーを読み返してみると分かるのですが、意外と「大学でも野球をするつもりはなかった」という人たちが、そこそこいます。私含めて、「もう高校までの野球でやりつくしたよ」という人って、この大学内にも多いです。

でも、私たちには、「そんな奴放っておけ。」みたいな態度をかます余裕はないわけです。そうした人たちにも、大学でも野球をしたいと思わせる魅力やメリットを提示すること。別の言い方をすれば、大学からでも始めやすいような他の課外活動に対して、この野球部をアピールする活動が求められます。これが、「課外活動間の競争」になります。

 

 そして、この3つの競争軸は深くかかわりあっていて、

リーグ戦で勝利するには、私たち野球部に人が集まること(選手・スタッフが充実すること)によってのチーム力の向上が鍵となり、

大学間の競争においては、この野球部(あと、大学そのもの)がもつ特性を売り出すことが必要となり、

課外活動間での競争で優位に立つには、所属するリーグの質や、リーグ戦そのものの結果、「私たちの戦いがもつ意義」についてのアピールも大きな意味をもってきます。


結局、この3つの競争軸を意識した時にいつも登場するのが「広報」であり、このチームの運営においてはそれほど重要になってしまうのだと思います。

というか、現在このチームに必要なのは、「相手打線を完全に封じ込めるエースピッチャー」や、「ホームランを量産するスラッガー」以上に、「チーム自体を研究して、向かうべき方向性を打ち出すプロデューサーのような人物(組織)」なんだと私は思っています。

勿論、これだけが大事というつもりはありませんが、その面倒で地道な活動を抜きにして、このチームの未来はないという結論に至りました。

 



このチームの可能性について


 さて、ここまで色々と書いてきましたが、ただ問題点だけを提示して去っていくのも情けない話だと思うので、私なりにこのチームにとって意味があるんじゃないかということも残しておくことにします。


 私は、「部員それぞれが、大学生として何かを学んでいる存在である」ということが、チームカラー形成の鍵となりうると思っています。

 残念ですが、我々にとって、ただ野球そのものだけで魅力を提示することってあまりに無謀です。他の大学と違って、神宮球場でも、東京ドームでも、横浜スタジアムでも、我々が試合をすることはまず無いでしょう。

でも我々だって、指導者がいない中でも野球というスポーツに向き合ったり、大学生として必要な勉強をしたりする4年間のうちに、個々人がそれぞれ特別な成長を必ずしています。そして、学んで得たことを可能な限り言語化する力もある。

その意識をもって生活していると、「大学で勉強した○○って、私たちの野球でいうところの△△と同じでは?」といった、学びと野球がつながるような発見が沢山できるかもしれません。(私にはありました。)

そして、これは、恵まれた環境で野球漬けになることを宿命づけられた大学生にはない、私たちの強みと言えるものだと思っています。

それに私が見る限り、こうした点を大きな強みとして打ち出している大学野球チームは、まだそこまで多くないです。ここの隙間が埋まる前に、私たちのチームカラーとして外側に主張することができれば、私たちの野球にまた一つ意味が加わって、問題解決の一助くらいにはなってくれるかもしれません。

私にはこうした構想を実現する力と時間がありませんでしたが、マネージャーと主務と、ほんの少しの広報をさせてもらい、チーム運営の中心として多くの経験と失敗ができた者の意見として残しておきます。どうにも立ち行かなくなったら、参考の一つにしてもらえればと思います。どうか、私の予想を大外れにして、未来に生きて残っていてください。

 

長きにわたるブログでしたが、チームの未来へのメッセージはここで終わりとさせていただきます。ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。

 









最後に、もう一つだけ

 

 ごめんなさい、もう一つだけ書き残しておきたいことがあります。

私が抱えた矛盾についてです。この部分は、ブログのテーマから脱線します。

伝え方が難しいのですが、誰のためにもならないであろう記述です。

完全に個人的な問題なので、読まなくていい部分ですよ。

 

 

 

 

 

これは完全な蛇足。

ブログのあとがきだと思ってください。

(というか、本当はこの部分からブログを書き始めたのですがね。)

 

 

私は、他大学の頑張りや先述したようなチームの現状を見て、チームを維持するための広報活動や変革が必要だと思い、私なりに実行してきました。

 

 

でも、私がやっていることは本当に正しかったのでしょうか。

 

 

 主務や連盟の運営として、様々なチームを見てきました。その中で、

私が努力できたのは、他の大学が持つものほどではないにせよ、「東京都立大学」という保障されたブランドと、キャンパス内に試合のできる野球場があったからのではないかと常に悩んでいました。それだけの環境が保障されているという意味では、私たちも「野球エリート」だったのかもしれません。

 

そして、私が努力することの裏には、グラウンドを持たない、人数が揃わない、支援体制の整っていないチームを「入学試験で認められた結果」とか、「これまでの努力の成果」という言葉で塗り固めた正当性の暴力で押しつぶし、彼らから努力の意志や反撃の精神・機会を奪って、無力感に包み込む行為の側面があるような気がしていました。

要は、「広報活動をすればするほど、大学野球の格差拡大に加担している」ということなんじゃないかと、考えてしまいました。

 

 

 近年、このままではいけないと大学野球を盛り上げようという様々な取り組みが進んできていることを実感しています。
その現場で頑張っている方々の努力が報われてほしいとも本当に思っています。
でも、成されている実態は、野球への努力が許された選手・スタッフを含む勝ち組の野球エリートたちだけで席を奪いあう、イス取りゲームになっていませんか?
私の認識が歪んでいるのかもしれませんが、そのゲームの中の参加者も、「切磋琢磨」、「健全な競争」という言葉の仮面をつけて踊らされて、連盟間や大学間でのアピールの応酬に躍起になっているようにも見えてしまうんです。.

努力できる環境を持たず、競争にすら参加できない・ついていくことができない人々を排除したこのイス取りゲームの先に待っているのは、トリクルダウンによる大学野球全体の発展などではなく、持つ者と持たざる者の間の格差拡大、「野球エリートとそれ以外」という二極化された構造がより明確に表れてくる未来かもしれません。

 

もし、大学野球に危機感をもつ人がいるのなら、どうかこのイス取りゲーム方式ではなく、全員が生き残れるようなベンチづくり方式の発展につなげてほしいと思います。この点については、ついに私は答えを出せませんでした。

 

 

 

はい。これで本当に終われます。気がつけば、もう締め切り2時間前です。

長々と失礼いたしました。

 

こんなブログを書いたことで改めて、いかに自分がヘンテコかっていうのを思い知らされましたね。ちょっと悲しいです。

 

こんなヘンテコな自分でも受け入れてくれた「野球」という存在に感謝します。私の人間関係の7割はこのスポーツがつくったといってよいでしょう。

人生、本当に救われました。

 

 

だからこそ私が死んでしまった遠い未来であっても、

このスポーツが同じように愛され、

人と人を隔てるものではなく、人と人をつなぐものであってほしいと思います。


(終)

 

 

 

 

次回は、小平浩太郎くんが登板します。誰からも愛される彼の素敵な人柄と、バイト先で鍛えた文章力が発揮されることでしょう。


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